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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和50年(く)3号 決定

少年 B・Y(昭三四・四・四生)

主文

原決定を取り消す。

本件を金沢家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、附添人名義の抗告申立書及び抗告理由補充書に記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用するが、その要旨は、原決定が罪となるべき事実として、第一の業務上過失致死及び同第二の道路交通法違反の各事実を認定して、少年を保護観察処分に付したが、少年は、右記載の各事実を敢行したものではなく、原決定書記載の自動二輪車を運転して本件事故を惹起したのは、同乗の角谷正雄であるから、原決定の非行事実の認定には重大な事実の誤認がある、というのである。

そこで、一件記録を調査して検討するに、

一  本件の少年保護事件記録に編綴されたD、B及び少年の司法警察員に対する各供述書並びに司法警察員作成の実況見分調書謄本を総告すると、

(一)  少年は、原決定書記載の昭和四九年八月一三日午後零時三〇分過ぎ頃、予てから遊び友達の集まる石川県加賀市○○町地内の○○海水浴場のレジャーセンターへ出向き、同所で原決定書記載のAを初め、遊び仲間のB、C、Dほか数名の者と共にバイクを乗り廻すなどして遊んでいたが、同日午後三時頃右BがAから同人の自動二輪車(ヤマハ一二五CC)を借り受けて、同車の後部座席に前記Cを乗車させて、右Aに対し「ガンリンを給油してきてやる。」旨申し向けて、前記○○町方面から国道三〇五号線に通ずる県道○○○線を右の国道方面へ向けて走り去つたが、その際、右Bは、前記Dから同人のヘルメットを借り受けてこれを着用して行つたこと、

(二)  右Bらが出発してから間もなく、前記AがDから原決定書記載の自動二輪車(ホンダ七五〇CC)を借り受け、同車の後部座席に少年を乗車させてこれを運転し、前記Bと同様右Dに対し「ガソリンを給油してきてやる。」旨申し向けて、前記県道を国道方面へ向けて走り去つたこと、

(三)  前記Bが前同市○○町所在のガンリンスタンドで同人が運転して来た自動二輪車に給油中に、前記A通転の自動二輪車が到着し、同所で右A運転の自動二輪車も給油を受けたが、その際、右Aは、前記Bに対し「このバイクは大きいのでヘルメットをかぶらないと減点になるのでヘルメットを貸してもらいたい。」旨申し向けて、同人が着用していたヘルメットを同人から借り受けたが、A自身は、右ヘルメットを着用しないで、同行していた少年に右ヘルメットをかぶらせた後、Aは、前記Bと相談して同所から更に前同市○○○方面までドライブすることになり、右両名は、各自が運転して来た自動二輪車を引き続き運転して、Aが少年を、Bが前記Cをそれぞれ後部座席に同乗させて、前記ガソリンスタンド前を出発して、互いに後になり、先になるなどして走行して、同市○○○に至り、同地内を暫時乗り廻した後、再びもと来た道路を通つて、前記○○町方面へ引き返すことになり、○○○○町の交差点まで来て、同所で一緒になつて信号待ちをした後、右両車は、殆ど同時に発進したが、同所付近からA運転の自動二輪車は速度を上げ、B運転の自動二輪車をかなり引き離して定行したため、B運転の自動二輪車は、A運転の自動二輪車に追い着くことができず、遂にその姿を見失つてしまい、そのまま走行を続けるうち、原決定書記載の事故現場付近に至り、A運転の自動二輪車が事故に遭つているのを知つたこと、

等が認められ、また、

二  前記少年保護事件記録に編綴された○久○及び○沢○の司法警察員に対する各供述調書並びに少年調査記録に編綴された○○○付近の図面二葉に徴すれば、右の○久○と○沢○の両名は、原決定書記載の昭和四九年八月一三日午後三時一〇分頃それぞれオートバイを運転して○○○方面から加賀市○○町方面へ通ずる前記国道三〇五号線を○○町方面へ向けて走行中、同国道の通称○○○付近で○○○方面へ向けて走行中の原決定書記載の自動二輪車とすれ違つたが、その際、前記Aが右自動二輪車を運転し、その後部座席に少年がヘルメットをかぶつて乗車していたのを目撃したことが認められる。

以上認定の事実関係に徴すれば、少年とAの両名が原決定書記載の自動二輪車に乗車して前記○○海水浴場付近を出発し、加賀市○○町所在のガソリンスタンドを経て、○○○に至り、更にその帰途○○○○町の交差点を過ぎる頃までは、前記Aが右自動二輪車を終始運転していたと認められる。次に、

三  前記少年保護事件記録に編綴された○谷○治、○野○男及び○本○夫の司法警察員に対する各供述調書謄本並びに前掲の司法警察員作成の実況見分調書謄本を総合すれば、原決定書記載の自動二輪車を少年が運転していたか、前記Aが運転していたかはともかく、本件事故は、右の同人らが乗車していた右自動二輪車が前記県道を相当な高速度で通称○○交差点方面から前記○○町方面へ向けて走行中、原決定書記載の加賀市○○町○××番地さきの左にややカーブした地点付近に至り、対向して来た○谷○治運転の普通乗用自動車との衝突を避けようとして急制動の措置を執つたため、車体の均衝を失つて路上に転倒するなどして惹起されたものであることが明らかであるが、

四  前掲の○野○男及び○本○夫の司法警察員に対する各供述調書謄本に徴すれば、右○野は、前記事故当時普通ライトバン(トヨタ・ライトエース)を運転して前記○谷○治運転の普通乗用自動車の後方を追随しており、また、右○本は、当時大型ダンプカーを運転して、さらに後方を前車に追随走行していて、前記交通事故が発生したのを直接目撃したというものであるところ、右の○野及び○本の両名は、いずれも右の交通事故当時原決定書記載の自動二輪車を運転していたのは黒いヘルメットをかぶつていた少年であり、Aは、右自動二輪車の後部座席に同乗していた旨警察官に供述したことが認められ、原決定は、右の○野及び○本の各供述等に依拠して、少年が本件事故当時右自動二輪車を運転していて原決定書記載の事故を惹起したものであると認定したことが原決定書により明白である。

五  ところで、前記少年保護事件記録によれば、少年は捜査段階から原裁判所の審判を通じ一貫して、本件事故当時前記自動二輪車を運転していたのはAであり、自分は右自動二輪車を運転したことはない旨供述し、原決定書記載の各非行事実をいずれも否認していることが明らかである。そして、

六  前記少年保護事件記録に編綴された○田○一の司法警察員に対する昭和四九年一一月二一日付供述調書によれば、右○田は、本件事故当日の午後(その時刻は明らかでないが。)事故現場から約三〇〇メートル離れた加賀市○○町○の××番地の自宅前付近の道路に立つていたところ、○○○方面から○○町方面に向けて、Aが運転し、後部座席に黒色のヘルメットをかぶつた少年が同乗した自動二輪車が通り過ぎて行くのを目撃した旨警察官に供述したことが認められ、また前記記録には、同人作成名義の右と同趣旨の内容を記載した昭和四九年八月二六日付の「目撃証明」と題する書面が編綴されており、これらは、本件の事案解明にとつて無視することのできない重要な資料であると思料される。したがつて、原裁判所としては、本件の事案解明のために、右の○田○一を直接証人として取り調べるなどして、同人の前記供述内容の信憑性を十分吟味し、もし、同人の前記供述内容が措信できるものであると思料される場合には、同人が目撃したという地点から本件事故現場までの間において少年がAと運転を交替した形跡があるか、否かなどの点について、更に十分な調査検討をしておく必要があつたと思料される。次に、また、

七  前記少年保護事件記録に編綴された司法警察員警部補○西○雄作成の昭和五〇年三月四日付「交通事故現場写真添付報告」と題する書面に添付された写真及び前掲実況見分調書謄本等を総合すると、原決定書記載の自動二輪車はホンダ七五〇CCというかなり大型の自動二輪車であつたことが認められるので、当時中学三年生であつた少年が右自動二輪車を果して運転し得たか、否かの点についても十分な調査と検討が必要であつたと思料される。そして、また、

八  前掲○野○男及び○本○夫の司法警察員に対する各供述調書謄本中の前同人らの各供述内容は、同人らが本件事故を直接目撃した事実を供述したものである点で原裁判所が相当な信をおいたことも理解しえないではないが、さきに指摘のとおり、本件においては、原決定書記載の事故現場にかなり接近した地点までは前記Aが原決定書記載の自動二輪車を運転し、少年がこれを運転していなかつたことを疑わしめる証拠も存在するし、また、前掲○谷○治の司法警察員に対する供述調書謄本によれば、前同人は、本件事故の直接の当事者であるにかかわらず、原決定書記載の自動二輪車の運転者が誰であつたかについて明確な供述をしていないことなどが認められるので、以上の諸点を考慮すると、本件の事案解明のためには、さきに説示した諸点のほかに、前記○野○男及び○本○夫の両名を本件の事故現場において証人として直接取り調べ、同人らが原決定書記載の自動二輪車に気付いた地点、同車が事故を惹起するに至つた前後の事情、先行車両との間隔、対向車両の見とおし状況並びに事故直後の自動二輪車と少年及びAの転倒地点、その相互の位置関係等をより明確にする必要があつたと思料される。

九  そうすると、原裁判所が、叙上指摘の諸点について十分な調査、検討を尽さないで、前掲○野○男及び○本○夫の司法警察員に対する各供述調書謄本等に依拠して、原決定書記載の各非行事実を認定した点で原決定にはなお事実誤認の疑いが残るものというのほかはない。したがつて、結局原決定には、決定に影響を及ぼす重大な事実の誤認があることに帰着するので、原決定は、右の点でその取り消しを免れない。論旨は理由がある。

よつて、少年法三三条二項、同規則五〇条により、原決定を取り消し、本件を金沢家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤本忠雄 裁判官 横山義夫 小島裕史)

参考二 付添人弁護士の抗告申立書及び抗告理由補充書

申立の趣旨

原裁判所が昭和五〇年五月八日した保護観察処分を取消す旨の決定を求める。

申立の理由

一 本件保護処分の対象となつた事実は、少年事件送致書記載どおりの犯罪事実である。

すなわち、少年が昭和四九年八月一三日、石川県加賀市○○町○の××番地先において、無免許で自動二輪車○第××××号ホンダ七五〇CCを、その後部にAを乗せて運転中、同車を対向して進行してきた○谷○治運転の普通乗用車に転倒して衝突させ、Aを外傷のため死亡させたというのである。

原決定は右事実を肯認し、前記保護処分を決定した。

二 しかし少年は一貫して犯罪事実を否認している。本件記録によれば、○野○男の司法警察員に対する供述調書(49・8・13)ならびに○本○夫の同調書(49・11・10)では、あたかも、少年が本件事故当時前記自動二輪車を運転したかのような供述記載がある。しかしこの供述調書は反対尋問にさらされない捜査員の作成した供述調書であり、内容につき多くの疑問点を包蔵している。

例えば、○野は少年が運転していたと述べているが、○野の前を普通乗用車を運転して本件事故にあつた○谷○治でさえ、本件事故の自動二輪車を運転していた者が誰であるかをはつきり述べることができない状態であるのに、約二〇メートル後方にあつた○野の本件自動二輪車の運転者を少年であつたとする供述は甚だ不自然である。しかも事故の状況を具体的かつ詳細に述べているが、その供述たるや矛盾に満ちている。また○本○夫の供述のごときは事故後約三月後に作成されたもので、その信用性を疑わざるをえない。

三 (1) 一方、本件記録では事故直前、少年らの自動二輪車と単車に乗つてすれちがつた○久○(49・8・13司法警察員調書一七歳)、○沢○(49・8・13司法警察員調書一五歳)の供述によれば本件自動二輪車を運転したのはAであると確信している。

(2) また○田○一(49・11・21司法警察員調書)の供述調書や同人の目撃証明書からも少年が事故当時運転していなかつたことを推認するに十分である。

四 本件自動二輪事はホンダ七五〇CCであるところ、当時身長一、五〇メートルの少年には物理的に運転不可能であることからも、少年を本件事故当時の運転者と認定することは、とうていできない。

以上の証拠資料からは、原決定には重大な事実の誤認があるといわざるをえない。少年事件において、犯罪事実を前提に保護処分を決定するに当つてはいうまでもなく犯罪事実につき、合理的な疑いを超える程度に確信がもてるものでなければならないとされている(法学全集44・一六二頁)。しかるに本件の証拠資料によつては少年の本件犯罪事実をとうてい認定しえないことが明らかである。

したがつて原決定は取消るべきである。

昭和五〇年五月一五日

抗告申立代理人 梨木作次郎

名古屋高等裁判所金沢支部 御中

抗告理由補充書

抗告人 少年 B・Y

右の者にかかる業務上過失致死等少年事件の抗告につき、抗告理由を左のとおり補充する。

昭和五〇年六月四日

附添人梨木作次郎

一 B(警供49・8・14)の供述によれば、同人の運転するバイクとAが運転し少年を乗せたオートバイとは加賀市○○○○町の信号機のある交差点で並んで発進したという。ちなみに同地点から事故現場までの距離は約五キロメートルである。

Aのオートバイは速度が早く、Bのバイクを大きく離して先行した。Bは時速約九〇キロで追い上げたが追いつけなかつたという。

もし、Aが少年と前記交差点から事故現場までの間で運転を変つたとするならば、そのための時間(オートバイを止めて運転を交替し、さらに発進し、速度を元どおりに復活するために要する時間は最低一分以上を要する)を考慮するならば時速約九〇キロで走行するBが当然追い着いて交替を目撃できるはずである。しかるに事故現場までに、Bが追いつけなかつた事実は「交替」の事実の不存在を推認するに十分である。

二 ○崎○助は、事故の二人乗りオートバイに事故現場より約六〇〇米の地点で追い越されたことを、同人が記述した目撃書で認めている。そのさい右オートバイを運転していたのは頭髪の長い若い細い男であつたとしており、明らかにAを指している。もし、事故現場までの間にオートバイの運転者が交替しているならば、前項記載と同じ矛盾が生ずる。それゆえ事故当時の運転者はAである。

三 ○田○一(警供49・11・21目撃証明)によれば事故現場から約三〇〇米の地点にある同人の家で本件事故車を運転していたのはAであり、後部に乗つていたのは少年であつたと明言している。

わずか三〇〇米の距離の間で、もし運転を「交替」しているならば、追行したBや○崎○助がその状況を目撃しえたはずである。かかる事実のないことは、事故当時の運転者がAであつたことを証明するものである。

四 実況見分調書によれば、自動二輪車の破損は「右ステップ、ヘッドライト右側、右前方向指示燈、右ハンドル」とあり、すべて右側が破損していることから、自動二輪車は右側ステップで地上をひきずりながら右側に転倒したことを示している。さらに自動二輪車は事故の普通乗用車に衝突していないことが同乗用車の破損状況から推認される。自動二輪車が右側(同車の進行方向)に転倒のさい、同車をAが運転していたばあい右前側にAが転落して対向の○谷○治の運転する普通乗用車に衝突することは物理的に不可能でない。少年が自動二輪車の後部に乗つていて道路前方に投げ出されることは慣性の法則から肯認できる。これを要するに、少年が後部に乗つていたことは現場の状況からも矛盾なく説明できる。

しかるに原決定の証拠となつた○野○男の供述は次のような矛盾をもつている。

「すると、同時位にバイクが横になり、バイクの後ろとバイクの後ろに乗つている人が乗用車の右前フエンダーに衝突したのです。バイクの後ろに乗つていた男は乗用車の直ぐそばで倒れ、黒いヘルメットをかぶつたバイクの運転手は衝突の反動で右側に振り落とされバイクと同じ方向に飛んで来たのです」

非常に具体的に、まことしなやかに事故の状況を述べている。しかし原決定も認定したように、そして現場の状況からもそうであるが、バイクは乗用車には衝突していないのである。しかるに衝突の反動で少年が右側に振り落とされたというのは不自然である。

五 本件では、少年の傷害の詳しい診断書は提出されているが、Aのそれは非常に簡略なものである。したがつてその傷害部位、死亡原因などから事故の状態を推定するすべがない。

さらに、実況見分調書も簡単なため、これをもつて事故当時の運転者がAであるか、少年であるかを判断する資料に乏しい。

本件記録にもとづく資料では、少年を本件交通事故当時の運転者と認定することはとうていできない。

本件のような不十分な証拠によつて、少年を本件の犯罪者と認定し保護処分にすることは、少年の健全な育成を目的とする少年法の精神からも許されないところである。

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